【今井尚徳(網膜硝子体)】「この先生に任せたい」と思える医療が、日本にはある

<プロフィール>
今井尚徳
関西医科大学医学部 眼科学教室 主任教授
2001年に神戸大学医学部を卒業後、米国ペンシルベニア州立大学医学部眼科・細胞分子生理学教室にて博士研究員として海外での研究に従事。神戸海星病院や神戸大学医学部附属病院眼科で講師や病棟医長として多くの臨床経験を積み、2024年5月に関西医科大学医学部 眼科学講座の主任教授に着任する。「難治性黄斑浮腫(糖尿病黄斑浮腫や網膜静脈閉塞による黄斑浮腫)に対する嚢胞切開術」という術式の開発など、臨床と研究の両面で活躍する。
専門領域:網膜硝子体
【経歴】「人のためになる」から、医者になった

簡単な経歴を教えてください。
生まれは大阪府の南部です。両親の仕事の関係で転勤が多く、小学生の後半からは福岡県、中学からは埼玉県、高校からは東京都で過ごしました。大学は、両親の実家が兵庫県西宮市にあったこともあり、関西にしようと考えました。現役で進学したかったので、自分のレベルに合う中から選んだのが神戸大学だったという経緯です。
コミュニケーション能力が低くはなかったので、それぞれの土地で友達ができて、楽しく過ごしていました。勉強一辺倒ではなく、テニスに打ち込んでいました。中学から大学卒業まで、朝から晩までずっとといえるぐらいです。
なぜ医学部を選んだのでしょうか。
「社会に出てどのように貢献していくか」を、高校生のときに考えるタイミングがありました。医療は、人のためになるという意味において一番わかりやすい選択肢でした。自分が頑張れば人に喜びをもたらせる職業だと感じました。単純にそれだけの理由です。
【専門】恩師の専門であり、自身の性分にも合った網膜硝子体を専攻

眼科を選ばれた理由は何でしょうか。
白内障手術を学生のときに見て『いいな』と感じたのが眼科に進むきっかけになりました。
眼科は結果がわかりやすいのが魅力です。わかりやすさの代表例として白内障がよく挙げられます。白内障は、かかると見え方が悪化し、手術を受けることで見えやすさの回復が期待できる病気です。
医療の多くは、病気を悪化させない・進行を止めるものです。「病気にかかる前とほぼ同じ状態まで戻せる医療」は少ないといえます。そのような中でも、整形外科では骨折をある程度元に戻せますよね。それと同じような医療行為として、眼科でいえば白内障手術が挙げられます。白内障手術は「戻せる医療」だから『いいな』と思ったわけです。
白内障手術を見るまでは、消化器外科に進もうと考えていました。外科は、自分が腕を磨いてきちんとやれば、よい結果を患者さんにもたらせる可能性も高まります。紹介したとおり、テニスをやっていて、個人スポーツの世界に私はずっといました。結果がすべて自分に返ってくる世界。勝っても・負けても自分の責任。そのような価値観が私の性分に合っているのです。中でも眼科は、独立が早く、若いうちから手術もできます。だから眼科が性に合った部分もあります。
網膜硝子体を専門に選んだ理由について伺えますか。
私が眼科医になろうと思ったきっかけである白内障手術を執刀していた塚原康友先生(元・神戸大学 准教授)が、網膜硝子体を専門にされていたのが理由の一つです。
加えて、もともと外科志望でしたので、「術後の最良な視機能」と私たちが呼んでいるもの…つまり視力だけでなく、見える範囲・明るさ・色の鮮やかさ・二重に見えないことなどを、手術という外科的なアプローチによって、多くの患者さんに提供できる分野を考えたときに網膜硝子体が選択肢になりました。
【チャレンジ】難治性黄斑浮腫に対する嚢胞切開術の第1例目

思い出に残っている患者さんのエピソードを教えてください。
従来の治療法では対応が難しい症例であっても、新たな選択肢となり得るアプローチが存在します。私が世に出した、網膜が腫れる「黄斑浮腫」という病気への治療法もその一つです。黄斑浮腫の中には一般的な注射治療では治せない、さらに通常の手術を行っても効かない症例があるのです。
12年前の2014年に、着想を得て「難治性黄斑浮腫(糖尿病黄斑浮腫や網膜静脈閉塞による黄斑浮腫)に対する嚢胞切開術」という術式の開発に私は取り組みました。そして、手術が可能になった頃、ちょうど患者さんが見つかったのです。
話を十分にした上で、第1例目の手術が神戸大学で実施できました。私も、非常に緊張しました。患者さんも緊張されていたと思います。術後が気になって、数時間後や1日後にも検査をするなど、普段は退院まで行わないようなことまでしました。経過観察を重ねる中で、網膜の状態の改善が確認され、患者さんや担当してくれた若い医師たちと一緒に安堵したのを覚えています。これが、難治性黄斑浮腫に対する嚢胞切開術の第1例目です。
中には、この手術で治せない方も数多くいました。その後の研究により、およそ1/3の方には、効かないということもわかってきました。ですが、その患者さんが第1例目に来てくださったのはありがたかったと思っています。第1例目がうまくいかなかったら、この治療を私は続けていないかもしれません。心が折れてしまいますから。幸運なことに、初めの数例はよい結果が得られました。それが、大きかったです。
私のキャリアにおいて、第1例目の症例や手術は非常に重要で、成功体験から得られた「貢献できた・還元できた」という感覚は、後に続くさまざまなイノベーションに、スタンスを変えずに取り組んでこられた原動力になっています。
第1例目の患者さんが先生を信頼してくださった理由は何だとお考えですか。
やはり、お困りだったのだと思います。見えないことに対するストレスを感じていらっしゃった。できることがあるなら挑戦したいとの思いが患者さんにもあったのだと思います。
もちろん、キャラクターによる部分もあるでしょう。「やれるものならやりたい」という患者さんと、私の考えが合致したのだと思います。当時は私も若く、信頼を寄せてもらえるほどのキャリアもありませんでした。それでも、チャレンジしたいとの気持ちが患者さんにあり、私の話を聞いて「この人に預けてみよう」と思ってくださったのが大きいと思います。
【海外に向けて】ほかの国では難しい医療も、日本には選択肢が多くある

日本の眼科について、どのような考えをお持ちでしょうか。
日本の網膜硝子体領域における手術技術や治療水準は、国際的にも非常に高いレベルにあると感じています。高いレベルの治療を、誰もが分け隔てなく自分で選択できるのも日本医療の魅力です。著名な先生に相談するのも、「医学の発展のために」という崇高な意志で体を任せてくださるのも自由です。情報収集力と行動力さえあればですが。
世界的に見ても、飲み薬や注射による内科的な治療は均一化されてきました。薬や注射による治療は、多くの医師が行え、誰が受けても平均的に同じ結果を得られる点が魅力です。世界全体で見ればよいことである半面、「そこでしかできない治療」や「ほかでは難しい治療を行っている医師」が、日本にはかなり存在していると思っています。
難治性黄斑浮腫に対する嚢胞切開術の手術も、私が始めてから日本国内の医師には広がりつつあります。 しかし、海外ではまだまだです。日本国内で情報さえ届けば救える病気も、世界レベルで見ると救えていない方が多くいるわけです。
海外にも情報が届いてグローバルな動きが始まれば、日本の強みが活きる場面は多くあるでしょう。私に限った話ではありませんが、「この先生だからこそ」という発信をしていけば、世界の中での日本の立ち位置は変わってくるはずです。
【所属先情報】全体で国際医療ツーリズムに取り組み、高いレベルの医療を提供

関西医科大学は海外患者さんの受け入れに積極的でしょうか。
大学全体で、国際医療ツーリズムに取り組んでいます。海外から来院される際のアクセスについて、患者さんに寄り添うため、関西国際空港や伊丹空港などからの送迎も検討していきたいです。
問い合わせ自体は、眼科にも来ています。白内障の手術を日本で受けたいとの問い合わせが現在は多いです。難治性黄斑浮腫に対する嚢胞切開術へも問い合わせを増やしたいところです。網膜硝子体や角膜といった分野については、海外の方にも満足してもらえる高いレベルの医療を提供できると考えています。
病院は大学と隣接しており、通訳や仲介の制度も整っています。期待に応える治療を提供しなくてはいけないプレッシャーはありますが、「今井先生に診てもらいたくて来ました」みたいに、海外から指名されるようになるとうれしいです。
関西医科大学附属病院
大阪府枚方市新町2丁目3番1号 ※京阪電車「枚方市駅」から徒歩約3分
診療時間:初診・再診受付 8:30〜11:30・再来受付機(予約がある方) 8:00〜17:00 (休診日:第2・第4土曜日・日曜日・祝日および年末年始[12月29日〜1月3日])

